2008年5月12日月曜日

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温暖化対策 「部門別」だけで乗り切れない 


温暖化防止の議論で「セクター別アプローチ」という言葉をさかんに聞く。鉄鋼や電力などの産業、家庭、運輸などの部門(セクター)ごとに指標を設け、温室効果ガスの削減を進める方法である。

 京都議定書の約束期間が終わる13年以降(ポスト京都)の削減手法として日本が提唱し、ことあるごとに強調している。胡錦濤・中国国家主席との首脳会談でも改めて提案し、中国側は「重要な手段」と一定の評価を示した。4月の日本・欧州連合(EU)定期首脳協議の共同プレス声明にも「有用で建設的な貢献」との評価が盛り込まれた。

 温室効果ガス削減のために新しいアイデアを示すことには意義があり、国際的に検討することは大事だ。ただ、この手法を主張するだけで、ポスト京都の国際交渉が乗り切れるわけではない。7月の北海道洞爺湖サミットで日本がリーダーシップを握ろうとするなら、6月に発表されるという福田康夫首相の「福田ビジョン」などで、もう一歩踏み込んだ明確な目標を掲げなければならない。

 そのためには、考え方を整理し、国内の意思統一を図ることも必要だ。現在、言われている「セクター別アプローチ」には複数の意味合いがあり、混乱を招きやすい。

 福田首相が1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で示した提案は、セクターごとに削減可能な量をはじき出し、それを積み上げて国別総量目標を決める基礎にしようというものだ。これには、途上国が「自分たちにも国別総量目標を課そうとしている」と反発した。

 一方、この手法には、鉄鋼、電力、セメントなど排出量の多い業種について省エネなど世界共通の指標を設け、削減を進めるとの意味合いもある。国別目標に直結するものではなく、途上国への技術移転にもつながるため、中国なども一定の理解を示している。

 積み上げ方式は先進国の目標作りの参考にはなるだろう。削減目標の根拠を示すことも大事だ。問題は、積み上げ方式だけで必要十分な削減ができるとは思えない点だ。

 日本がセクター別アプローチを提案した背景には、エネルギー効率などを指標とすることで、省エネの進んだ日本が損をしないようにとの思惑がある。確かに、公平性を担保することは必要だ。

 しかし、先進国である日本は、自主的な積み上げだけでなく、気候変動の抑制に必要な削減量という観点から目標を決める必要がある。EUは20年に90年比で20%の削減という目標を掲げている。

 昨年のハイリゲンダム・サミットで、日本は世界の排出量を50年までに半減させることを提案した。洞爺湖サミットでは日本自身の覚悟を語るべきだ。

毎日新聞 2008年5月12日 東京朝刊より

2008年5月6日火曜日

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地球の温暖化―「炭素の夏」に国境はない 


人はみな息をしている。動物も植物も微生物も呼吸する。こうして出る二酸化炭素(CO2)の量はどのくらいか。ノーベル平和賞を去年受けた「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の科学者たちは、その見積もりを報告書に載せている。

 それによると、陸上の生物界が大気に吐き出す「自然の息」は炭素の量で年間約1200億トン。一方、現代文明が石油や石炭などを燃やすことで出す量はその5~6%ほどにすぎない。

 ゆがむCO2の収支

 これなら、いまの暮らしを続けても大丈夫だ。そう思ってはいけない。自然の息は、それにほぼ見合う量が植物の光合成などで生物界に戻される。ところが、「文明分」が加わることで、CO2の収支がゆがむ。

 地球を覆うCO2は、もともと「温室」の働きをしている。増えすぎると、地球を過度に暖めることになる。これが温暖化だ。

 大気のCO2濃度は産業革命前より3割以上ふえた。CO2の収支をなるべく均衡状態に近づけ、平均気温を1990年に比べて2~3度以内の上昇に抑えなければ、被害は世界全域に及ぶ。これがIPCCの見立てだ。

 CO2は人も口から出しているものだから、排出してもその周りにただちに害を及ぼすわけではない。一つの国の一つの工場が出したものが、地球の大気という大きなプールの中で自然の息に上乗せされ、徐々に危うさを増していく。黒煙をもくもく吐いたり、廃水を海や川に垂れ流したりといった、いわゆる公害とは性格が異なる。

 自分の国だけが排出を抑えれば事足れり、というわけにはいかない。よその国も同調してくれないと、問題は解決しない。地球規模の視点を持って臨むことが大切だ。

 「炭素の夏」という言葉がある。ノーベル平和賞をIPCCと一緒に受けたアル・ゴア前米副大統領が受賞講演で口にした。温暖化を、核戦争が生態系を台無しにする「核の冬」と同列に置いたのだ。どちらも地球規模の災いであり、それを避けるには世界が一つになって立ち向かう必要がある。

 冷戦から「暖戦」へ

 国際社会が温暖化との戦いに大きく踏み出したのは92年だ。

 気候変動枠組み条約が採択され、地球サミットがブラジルで開かれた。条約は、CO2などの温室効果ガスの悪影響を食い止めるのが狙いだった。前年暮れにソ連が崩壊していた。東西対立の冷戦が、人類対炭素という「暖戦」に移ったのである。

 以来、国際社会は脱温暖化の知恵を少しずつ身につけてきた。

 一つは、CO2をタダではむやみに出させないという考え方だ。

 出せば出すだけ損をする仕掛けをつくって、排出を抑えようというのである。具体的には、燃料などにかける環境税や、決められた枠を超えて出せばよそから余った枠を買うことになる排出量取引がある。

 もう一つは、国境を超えて対策を進めようという流れだ。自分の国で排出量を減らすことと、外国を手伝って同じ量を削減することを同等に評価しようというのである。

 この二つの知恵は、今年から実施に移された京都議定書でも生かされている。国同士の排出量取引が盛り込まれた。先進国が途上国の排出削減に力を貸せば、減らした分の一部を自国の削減量に組み込めることにもなった。

 国同士の排出量取引は、97年に議定書が採択されたときには評判が良くなかった。削減の義務化を嫌がる国に対し、「カネで解決」の余地を残すという意味合いが強かったからだ。

 だが最近は、排出を効率よく減らす方法として見直されている。

 相手の国がきちんと排出を減らして枠を余らせていれば、余った枠を買うことで、その国の削減努力を応援したことになる。相手の国で削減する方が自国で減らすより安くつく場合、世界全体で見れば効率がいい。

 もっとも、最初から排出枠が余っているような場合には、その取引はカネで解決の逃げ道になってしまう。制度の設計と運用の仕方がカギになる。

 途上国に支援の手を

 自分が優等生になるのはもちろん、友達の勉強も手助けしてクラス全体の成績を上げる。そんな発想がなくては、「今世紀半ばまでに世界の温室効果ガス排出を半減」の目標を達成することはできない。この目標は、去年のG8サミットが真剣に検討すると申し合わせたものだ。

 7月の洞爺湖G8サミットは、いまの京都議定書が12年に終わった後、どんな枠組みで温室効果ガスを減らしていくかの糸口を探る場になる。最大の焦点は、いまは途上国の扱いで義務を負っていない中国やインドなどに排出抑制を促す道を見つけることだ。

 脱温暖化は、先進国が国内の産業や暮らしを再設計し、途上国が温暖化を助長しないようなかたちで経済発展できるようにする大事業である。

 地球規模の視点に立てば、全体の費用は先進国が多めに引き受けなくてはなるまい。途上国へ資金や技術を提供する役回りだ。

 「炭素の夏」を防いで、次の世代に地球を引き継ぐことができるかどうか。今まさに、私たちの世代が試されている。

2008/5/6 朝日新聞 社説より

2008年5月5日月曜日

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社説:みどりの日 吸収源としての森林を豊かに

 英国の作家C・S・ルイスの「ナルニア国物語」は、この世界とつながるもうひとつの世界を描いたファンタジーだ。物語では時に森が重要な役割を果たす。そこに目をつけたのだろう、原作を基にした映画の配給会社と農林水産省などが「美しい森林(もり)づくりキャンペーン」を展開している。

 ルイスがどこの森をイメージしたにせよ、現実の英国では森林が国土に占める割合は1割に過ぎない。一方、日本の森林は国土の7割を占める。世界に冠たる森林国だ。

 この森林を日本は温室効果ガス削減の重要な手段と位置づけている。今年から始まった5年間の京都議定書約束期間に、日本は90年に比べ6%の温室効果ガスを削減しなくてはならない。そのうちの3・8%を森林の保全や植林でまかなう計画だ。

 しかし、今のままでは達成は難しい。鍵を握るのは、キャンペーンのテーマでもある森林の手入れと国産材の利用だ。

 人工林は木材を活用することでうまく循環する。ほうっておくだけでは劣化し、二酸化炭素の吸収も落ちる。ところが、輸入材より割高なため国産材のシェアは低下してきた。最近、やや回復のきざしはあるものの、2割程度にすぎない。

 森林を活性化させるには、国産材の利用を進める工夫が大事だ。森林整備のために間伐を進め、間伐材をうまく利用するアイデアにも注目したい。木のぬくもりを日常生活に取り入れたいと考えている人は、潜在的に多いはずだ。

 途上国の森林減少はさらに深刻だ。火災や伐採などにより、二酸化炭素の「吸収源」であるはずの森が、逆に「排出源」になっている。この排出は、世界の人為的排出の2割に上るといわれる。日本は自国だけでなく、途上国の森林保全にも真剣に取り組みたい。

 京都議定書では先進国だけが削減義務を負っている。しかし、13年以降の「ポスト京都(京都議定書以降)」では、途上国の排出削減も見逃せない。当然、森林の減少を食い止め、吸収源として増加させることも欠かせない。

 その際に、途上国にどのようなインセンティブを与えるかが検討課題だが、目に見える形で評価するには森林の保全や劣化の状況を測定する必要があるだろう。ここに日本の衛星技術を生かす構想も持ち上がっている。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の陸域観測技術衛星「だいち」の合成開口レーダーを利用し、森林を監視するアイデアだ。

 英国のエコノミストがまとめたスターン報告によると、温室効果ガスの排出に結びつく森林伐採の抑制は、適切な政策により他の緩和策より低コストでできるという。豊かな森を享受しつつ温暖化防止に貢献するための知恵を絞りたい。

毎日新聞 2008年5月4日 東京朝刊 より